今回のゲスト
琉球芸能活動中(リュウカツチュウ)→琉球芸能の若手実演家によるユーチューブチャンネルです。
琉球芸能を多くの方に知ってもらうために、2020年からYouTubeでの発信を開始。メンバーは、舞踊の髙井賢太郎、歌三線の棚原健太、箏の町田倫士の3名で活動しています。
町田 倫士 (まちだ・のりと)27歳
琉球箏
1997年1月2日生まれ 沖縄市出身
琉球箏曲興陽会所属 山内照子に師事
棚原 健太(たなはら・けんた) 31歳
歌三線
1993年6月7日生まれ 浦添市出身
琉球古典音楽野村流保存会 比嘉康春に師事
髙井 賢太郎 (たかい・けんたろう) 30歳
琉球舞踊
1994年9月8日生まれ 神奈川県出身
玉城流敏風利美の会所属 安次嶺利美に師事
リュウカツチュウをはじめる前 (町田さん、棚原さん、髙井さん)、琉球芸能の世界に入る前は、どういった仕事・バイトを行っていましたか?
[町田さん]
学生時代は飲食店や、ホテル、結婚式場でのホールスタッフを3年ほどやっていました。
他にも塾やスタバでのバイト、また、WEB関連の仕事もしていました。
[棚原さん]
飲食店「ぱいかじ」というお店で、三線を弾くバイトが初めてです。
また、大学の費用を稼ぐために2年ほどホテルのベルスタッフも経験し、新卒で数年ほど沖縄県文化振興会で勤務しました。
[髙井さん]
居酒屋やスタバといった接客のバイトや、アパレル、WEBライターの仕事を行っていました。
また、棚原と一緒で沖縄県文化振興会に勤め、文化支援に関わる仕事も行っていました。
皆さん、それぞれいろんな仕事を経験されてきたんですね。
なぜ?その仕事・バイトを選んだのですか?
飲食店やホールスタッフは知人から誘われました。食器のマナーや身だしなみは、とても勉強になりました。
塾のバイトは、父が塾の経営をしており、当時は、教師になりたいという夢もあったので、働いていました
三線に支障をきたさない程度に、新しい環境にも身を置きたかったからです。
ベルの仕事は、父母もホテル関連だったため、興味を持ちました。
沖縄県文化振興会の仕事は、師匠に「実演だけでなく客観的な視点が必要」と助言をいただき、働きはじめました。
ライフワークや企業のミッション・ビジョンに共感できる会社を選んでいました。
時給よりもやりがい派。
質の高いスキルを求められる職場は、必然的に対価も見合うお給料でした。
当時は違う夢を追いかけていたこともあったのですね。
琉球芸能との出会いや、夢・目標になった理由を教えてください。
[出会い]
市の主催による子ども三線教室に参加したのがきっかけ。大学2年の時に組踊養成研修(地謡・箏)の募集があり、師匠に声をかけられ応募しました。
[夢・目標の理由]
最初はプロになるという自覚はありませんでしたが、徐々に文化を繋いでいく意識が芽生え、やがて使命感に繋がりました。
組踊研修の担当講師から「曲だけでなく、曲の背景まで学ぶことが大切」だと教わりました
[出会い]
琉球芸能との出会いは、中学3年生の運動会で演奏したエイサーからです。
高校生の頃には、部活のサッカーを行いながら3年間独学で三線を弾いていました。
[夢・目標の理由]
師匠である比嘉康春先生や、演奏を生業としている先輩方がカッコいいと感じたからです。
[出会い]
大学の講義で琉球の伝統芸能と出会い胸を掴まれました。
その後大学院から移住し、芸能漬けの毎日です。
[夢・目標の理由]
賑やかな沖縄のイメージとは異なる、古典的な音と舞に気づけば夢中になっていました。
出会いから夢へのステップを一歩一歩進んでいるのですね。
芸能の仕事をしている中で、嬉しかったことなどはありますか?
シンプルに見てくださる方が笑顔になってくれる時が何より嬉しいです。
また、YouTubeでの琉球芸能活動中(リュウカツチュウ)の反応も見られて良かったと感じています。
この仕事を通して、対価を得て役に立っていることが嬉しく思います。
舞台やYouTubeを見てくださった方が「古典もいいね」と関心や興味を持ってもらえていること、応援してくれることです。
「今日一日元気になれそう」など、見てくださった方から嬉しい言葉をいただいた時や、 誰かの1日に寄り添っていると実感したことが嬉しさに繋がっています。
各自でも、リュウカツチュウ3名でもご活躍されている皆さんですが、「苦しいな」「やめようかな」と考えたことはありますか?
舞台がいくつかある際は、それぞれに異なる稽古が重なったり、夜遅くまで続く場合は、曲などがこんがらがってしまう場合があります(笑)。
でも、「好き」と「仕事」は違うと考えており、好きなことでない仕事でも、好きな仕事のために行動しています。
舞台が続くと、「何をしているのだろうか?」と考えてしまうことはあります。
また、演舞の結果やプレッシャーに苦しくなるときもありますが、同時にやりがいでもあります。
苦しいこともありますが、得るものも大きいですよ。
できない自分に悩むことがたくさん。好きなものだからこその葛藤があります。
ただ、やめようと思ったことはなく、振り返ればこんなに悩めることが幸せだと思います。
流石です。皆さんの日々の努力や工夫が舞台で輝いているのですね。
お客様を感動させるために行っているコツ・技を聞かせてもらえますか?
見せるコツ・技などはなく、とにかく自身の職務を全うしています。
他の演者と調和させるために、やるべきことを完全に行うのみです。
私は、歌う場合も多いので、風邪をひかないよう体調管理です。体調が悪いと感動以前の問題になりますから。
また、身なり・着付けなどのたたずまいも感動させる要素の一つなので気を配っています。
稽古は、好きな踊りを踊る時間ではありません。出来ないことを出来るようにする時間です。その先に、成長があります。
感動は見ている人が決めることですが、仕事も稽古も人生もみんな同じだと思っています。
ありがとうございます。私たちもリュウカツチュウの皆さんを見習いたいと思います。
最後に、仕事・夢を探している20~30代の方にアドバイスをお願いします。
自身に合う仕事を見つける際は、自身が好きなものや「これだけは負けない!」というものを探し、見つけることが大事です。
気になることはとりあえずやってみるといいと思います。
色んな人と対話したり、自身がどう歩みたいか考えたりなど、あらゆる可能性を探ることから始めてみてはどうでしょうか。
「仕事」は仕える事。何に仕える人生でありたいのかを考えると自分がやらなくていい事、やるべき事が見えてくると思います。
琉球芸能活動中(リュウカツチュウ)
YouTube URL
https://www.youtube.com/@ryukatsutyu
公式LINE
https://line.me/R/ti/p/@346qncif
他のインタビュー
オリジンlil アイドル芸人
あつきにぃにぃ
本名:仲原 篤紀
血液型:A型
出身地:沖縄県大宜味村
趣味:原付ドライブ、映画鑑賞、 特技:バスケットボール、走り高跳び
芸人となった理由・きっかけを教えてください。
以前は、東京でアイドル活動をしていましたが、昨年6月に沖縄に戻りました。
元々オリジンリルにも所属していたので、昨年11月に事務所で、お笑いライブの手伝いをしている時に、オリジンリル社長(首里のすけさん)が新人発掘オーディション募集のポスターを見て、「参加してみない?」と誘われ、勢いで参加したのがきっかけです。
えっ、勢いだったんですね!参加してみようと思ったのはどうしてですか?
そうですね。最初の2ヶ月は芸人になることを避けていたんですが、知名度がほしいと考えも生まれて、チャレンジしてみようと思いました。
今では、アイドルの歓声からライブでの笑い声に変わった時が気持ち良かったり、喜んでくださるお客様が増えたりなど、芸人になって良かったと実感しています。
振り幅のある芸人を目指し、先輩方に揉まれながら挑戦しています。
芸人の仕事で。前職の仕事が生かされたことはありますか?
アイドルをしていたことで、アイドル芸人として、他にない特色を出せていることは、良かったです。また、自分の出身地の大宜味村ではフレンドリーな関係が多かったのですが、ファンの人との接し方や丁度いい距離の保ち方も生かされていると思います。
接し方で、特に心掛けているのは、第1印象を大切していて、常に服装・身なりを清潔に保つことや、相手に合った良い対応とウソのない笑顔です。
さすが、アイドル芸人ですね! 今、芸人活動している状況を教えてください。
毎週月曜日には3組で民謡居酒屋でのライブ、毎週水曜日はラジオのパーソナリティー、ジュンク堂での月1のライブ、その他、夏祭りや産業祭り、RBCでのリポーターなどの予定が入っています。
1ヶ月前から忙しくて、那覇大綱挽祭りも去年テレビで見るだけでしたが、今年からリポーターを携われるようになりました。
ありがたいことに、今は、1日フルで休みはない状態です。
アルバイトもしているとお聞きしましたが、どのようにして探しましたか?
専門学校の頃10年前から知っていて、友達が務めている飲食店でアルバイトをしています。
那覇市久米にある「豚々ジャッキー」と言います。バイトして、もうすぐ1年になります。
ここは、芸人活動を優先した勤務にしてくれるので、とても助かっています。
芸人活動とアルバイトの両立は、やはり大変ですか?
大変です。でも、アルバイトは、1日休みなど融通をきかせてもらっています。
その分恩返しできるよう一生懸命働いています。店長さんが入院していた時は、朝から晩まで勤務のときもありました。今もアルバイトから直接仕事へ向かう時もあり、服や小道具、ドライヤーなどを大きなカバンに入れ、原付バイクで移動しています。
芸人活動とアルバイトのバランスはどうですか?
今は芸人が8割、アルバイトが2割です。
芸人で食べていけるようになることが目標ですが、今のバイト先の飲食店では芸人になっても手伝うなど関係性は続けたいです。
まかないを食べるために手伝うのもアリですね!(笑)
芸人になって嬉しかった事、楽しかった事はありますか?
お笑いライブでは、観客の反応がすぐに分かるので、爆笑を得たときは嬉しいです。
観光客の方が笑ってくださった時や、自分のネタで子どもがハマっていることをDMでもらった時は、嬉しかったです。
苦しい時、やめたくなった時はありますか?乗り越えた方法があれば教えてください。
ネタが思いつかないときや、意地でも新ネタを作るときなどの1~2ヶ月は辛かったです。
しかし、コントからシフトチェンジして音楽ネタを作るなど考え方を変え、爆笑を得ることができたので、発想を切り替えることで乗り越えられると感じました。
芸人活動は大変だと思いますが。続ける理由を教えてください。
社長に「男前のネタは笑いづらく難しいが、乗り越えると爆発するよ。その才能がある。」と言ってくれたことを思い出して、やる気が出て、今は楽しく活動しています。
以前のシフトチェンジで、立ちふるまいを学べたりするうちに自信がついています。
先日あった収録の「Aランチ」でも余裕があった時は、楽しかったです。
これからの目標を教えてください。また、そこまでの計画を教えてください。
レギュラー・CMの仕事が増えて、芸能活動で食べていくことで、オリジンリルから全国スターになることが目標です。
そのためには、もう一段階の行動(人間性を磨き)も必要だと考えています。
親子3世代に愛されることや、流行を作る女子高生ファン、外国人ファンと誰からも愛されるスターになりたいです。
最後に読者へのアドバイスを!20代で実践しておいた方がいいことを教えてください。
私自身、なかなか一歩が踏み出せなかったタイプでしたが、今はスタートして、助走の段階です。私もそうでしたが、思い切って東京に行くなど「やらざるを得ない」状況を作ってみることをおすすめします。また、やりたいことを見つけ挑戦し、自身で体験してみることも大切です。
やりたいことが見つからない場合は、近い人から離れてみることも良い方法です。頼る人を減らしてみることで、新しい人との出会いがあります。
離れても大切な人はちゃんと繋がっているので、大丈夫です。沢山の人と出会い、自身の意見を伝えて色々とチャレンジしてほしいです。
あつきにぃにぃ プロフィール
https://origin-oze.com/talent/3328/
株式会社オリジンlil
https://origin-oze.com/
あつきにぃにぃ インスタグラム
https://www.instagram.com/atsuki_nakahara/?igshid=YTQwZjQ0NmI0OA%3D%3D&utm_source=qr
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